※本記事は宣伝会議 49期 編集・ライター養成講座での卒業制作を加筆修正したものです。
東急百貨店が閉店し、東横線も地上から姿を消した一方で、超高層ビルが次々と建設されている。
渋谷の景色はここ十年で様変わりした。
その変化を間近で見続けていた存在がいる。都心に生息する鳥たちだ。
日本書紀から鬼滅の刃に至るまで、物語が動き出す場面では鳥が登場して主人公を導いてくれる。
生まれ変わる渋谷の街で、鳥を探してみた。
午前8時。人々がベッドタウンから都心に到着し始めるころ、鳥たちも各々のねぐらから声を上げて続々と集まってきた。SHIBUYA109の新しいロゴマークのそばには、カラスとハトが代わる代わる居座っている。人間の5倍ともいわれるその視力を使って、地上にめぼしい餌が無いか品定めをしているのだろう。
渋谷の中心で暮らす鳥たち
進化を止めない街、渋谷。ここでは変わり続けることが生き抜くことの条件になっている。いくら地位を確立しても、時代の波に対応し続けなければならない。
SHIBUYA109は2019年に40周年を迎えるにあたり、長年親しまれてきたロゴマークを変更した。渋谷のシンボル的な存在に満足せず、新しい時代に適応するために「ギャルの聖地」のイメージを払しょくする試みだ。
時を同じくして、東急百貨店東横店の跡地に高さ230メートルの渋谷スランブルスクエアが開業した。SHIBUYA109の高さが50メートルであることを考えれば、いかに渋谷で突き抜けた存在であるかがわかるだろう。昔ながらの百貨店よりも、商業エリアとオフィスを兼ね備えた複合施設が求められる時代のトレンドに沿った形である。
渋谷は百年に一度の再開発を迎え、その風景は真新しい高層ビルが立ち並ぶ姿に一変した。そんな変化を間近で見届けてきた存在がいる。上空を自由に飛び交う鳥たちだ。地上の人波など意にも介さないかのように、堂々とビル群を横切っている。
渋谷スクランブルスクエアでもカラスが羽を休めていた。近年の高層ビルは外壁が平坦なデザインが多く、渋谷スクランブルスクエアも大半の部分はのっぺりとした鏡のような外観をしている。ただ下層階の一角にある、柱を模したような凹凸のあるデザインの部分だけは鳥が降り立つことができるようになっている。その限られたスペースを、鳥は見逃さない。

JR渋谷駅に隣接する渋谷スクランブルスクエア(右写真中央のビル)と、〇印のエリアで羽を休めているカラス(左写真)
大規模な開発が行われている中でも、鳥たちはしたたかに生き抜いているようだ。さらに渋谷の街を巡りながら、鳥たちの行方を追ってみた。
人間を導く存在 ―明治神宮のカラスとスズメ
渋谷区の明治神宮、港区の自然教育園、そして文京区の豊島岡墓地は、東京23区におけるカラスの三大ねぐらといわれている。渋谷のカラスたちは、主に明治神宮の森の中に生息しており、夜明けとともに街に向けて飛び出し、日暮れとともにねぐらへ帰る。
明治神宮は代々木公園とも隣接した広大な緑地となっており、都心の中でも有数の生物多様性を誇る。そのため、参拝客に混じって鳥や昆虫、または植物などを観察する自然愛好家の姿もよく見られる。
森の中では複数の鳥の鳴き声が飛び交うため、種類を判別するにはある程度経験が必要になる。そこで初心者でも楽しめるように、専門家の解説を聞きながら野鳥観察ができるイベントも開催されている。そのうちの一つ、日本野鳥の会東京が主催する月例探鳥会に参加した。
集合時間は午前9時で、必要に応じて双眼鏡の貸し出しも行われている。最初に説明を受けた後、数人のボランティアスタッフの誘導に従い、都心のバードウォッチングが始まった。
まずは北参道鳥居から本堂の裏手にある宝物殿に向かう。弓道場も同じ方向にあるため、大きな弓を抱えた道着姿の老若男女が凛々しく歩く姿も見られる。そのわきで、双眼鏡を持った年齢層の高い集団が上空をきょろきょろしながらゆっくり移動している。
参道の空は木の枝がアーチ状に覆いかぶさっており、ところどころ隙間から木漏れ日が差してくる。
「葉っぱが重なると太陽の光が当たらなくなるので、他の木と葉がぶつかるところで成長が止まるようになっています。葉っぱ同士で意思疎通しているという研究もありますね」と、スタッフの解説は鳥以外にも及ぶ。
「そうやって通常はきれいに空が覆われるのですが、最近は〝ナラ枯れ〟も起きているので、ところどころ隙間が空くようになりました」
〝ナラ枯れ〟は虫や菌によりナラなどの広葉樹が枯れる現象で、日本各地で問題になっている。明治神宮も例外ではなく、被害の拡大を防ぐためにビニールで幹を巻かれた樹木も見られる。探鳥会という名のイベントではあるが、植物や昆虫など生き物全般にアンテナを張りながら歩みを進める。

木の枝葉で覆われている参道の空。最近は「ナラ枯れ」の影響で一部に隙間が空いている
カァカァというお馴染みの鳴き声はよく聞こえるものの、カラスは高い木の枝などにいるため、意外と姿を見かけることは少ない。ただし、たまに上空から白い液体が落ちてくることがある。
「カラスが落とす白い液は、人間で言うところのおしっこに相当するものです。人間の場合は水に溶ける尿素を排出するのですが、鳥の場合は水に溶けない尿酸を排出するので白くなります」
鳥は尿とフン、さらに卵を一つの総排出口から体外に出す。先ほど落とした白い液体をよく見ると、中に小さな黒い塊がみられる。これがフンだ。
「フンを見ると、カラスの生活環境がわかります。いいもの食っている時はフンのサイズが大きいんですが、コロナの時は街からごみが減ったので、かなり小さくなりましたね」
探鳥会のルートは林を抜けて、宝物殿前の芝地にたどり着いた。先ほどまで木の枝に覆われていた景色が一変して、辺り一面に青空が広がる。時計は10時を過ぎたころで、ちょうどこれから温かくなってくる時間帯だ。ここでは上昇気流に乗って悠々と空を飛ぶオオタカなどの猛禽(もうきん)類の姿もみられるらしい。
参加者一同は、柵に囲まれた国旗掲揚塔へ案内された。明治神宮で唯一のスズメの観察スポットである。
「人との距離が保てるからでしょうか、スズメはよくここに集まります」
これだけ緑豊かな明治神宮でも、スズメの観察スポットは限られるという。
「スズメは人工物を好むので、比較的人間の近くに巣をつくります。しかし最近は街の環境や建物の構造が変わってしまって、巣をつくる場所が無くなってきました。日本野鳥の会の調査でも、90年代に比べて7割程度まで減少していることを確認しています」

明治神宮で唯一のスズメの観察スポットである、宝物殿前の国旗掲揚塔
カラスは人間が捨てる生ごみをあさり、捨てられたハンガーを巣に使うこともある。スズメは人間が育てる農作物を食べ、家の軒先や電柱などに巣をつくる。人間の生活環境の変化は、そのまま鳥たちにも影響を与えるのだ。
鳥と人間との密接な関係は、大ヒット漫画『鬼滅の刃』の作中にも見られる。主人公たちの伝令役として登場するカラスやスズメは、ストーリーがひと段落する時に現れ、次の行き先を案内してくれる。物語を導く存在として、鳥は多くの作品に用いられてきた。
さっきまで木の上で姿を隠していた一羽のカラスが、芝生に降り立ってこちらの様子をうかがっている。これからの都市開発はどこに向かえばよいのか、カラスが人間に教えようとしているのかもしれない。

芝生に降り立ったカラス。明治神宮のカラスは、クチバシが太いハシブトガラスという種類
日本の起源 ―宮下公園のハクセキレイ
明治神宮を出て原宿から山手線で渋谷に向かうと、左側に宮下公園の木々が見えてきた。以前は鉄道の高架とほとんど同じ高さにあった宮下公園は、2020年に商業施設MIYASHITA PARKの屋上(4階)に移設されたため、現在は電車よりも高い場所に位置している。もともとホームレスが集まる物騒なエリアだったのが、移設後は一変して洗練された立体都市公園に生まれ変わった。

山手線車内から見た宮下公園。鉄道の高架よりも高い位置にある
ここでは文化の発信地にふさわしく、ボルダリングやスケートボードなど、東京オリンピックから採用された新しい競技も楽しめる。スポーツ施設の反対側のエリアには約千平方メートルの芝生広場が設置されており、植物の緑とコンクリートのコントラストが印象的な公園になっている。中央には公園に溶け込むようにスターバックスが出店しており、テラス席も多く設けられている。
そこに、「チチッ、チチチッ」と甲高く鋭い声を響かせて小鳥が降り立った。トコトコと素早く歩いたかと思うと、歩みを止めて長い尾を上下にピョコピョコ動かして辺りを見回している。セキレイ科の中でも日本で最も見られるハクセキレイだ。

宮下公園のスターバックス。テラス席をハクセキレイがせわしなく歩いている
日本野鳥の会の専門家によると、ハクセキレイも他の鳥たちと同様に、生息状況が変化している。
「ハクセキレイは私の子供の時は冬鳥でね、春夏いなかったんですけど、1970年代から年中見られるようになって、今では九州にもいます」
冬鳥が年中見られようになるということは、寒い北の地域に住む鳥が生息域を南下させていることになる。地球温暖化の影響で、温かい地域の生き物がその生息域を拡大しているというニュースを聞くことはあるが、ハクセキレイはこれと逆のケースとなる。これはどういうことなのか?
「鳥たちの変化っていうのは、温暖化ももちろん影響しているとは思いますが、単純じゃないんですよ、いろいろと複合的に絡んできます。私たちはつい一つの原因でそういうのを考えてしまいますけど、種ごとに、地域ごとにいろんな影響が重なって現状になっていると思います」
スズメのようにその数を減らす種もいれば、ハクセキレイのように生息域を拡大させる種もいる。
「われわれが目にする野鳥は生き残った種類しかないわけですけど、それを悲しむんじゃなくて、逆に健気に生きている鳥たちから元気や勇気をもらうべきだと私は思っています。私たちの文明や社会が、どれだけ有難いものなのか、ということですよね」
セキレイと日本人の歴史は古く、古事記や日本書紀にもセキレイの記述が残っている。特に日本書紀の国生みの段では重要な役割を担っており、十ある別伝(異説)の中の一つにセキレイが登場する。
夫婦となったイザナギとイザナミの前に現れたセキレイは、その頭と尾を揺り動かす。それを見て二神は子作りの方法を学び取り、神の子どもとして日本列島を誕生させた。日本の起源をたどると、セキレイの教鞭にたどり着くのだ。
テラス席の芝生にいたハクセキレイがコンクリートの通路にトコトコと移動し、また尾を上下に動かしている。今度は文化と自然を融合させる秘訣を人間に授けようとしているのか。
君たちはどう生きるか ―渋谷川のアオサギ
宮下公園の地下には、いわゆる暗渠(あんきょ)と呼ばれる水路が流れている。この水路は渋谷駅東口バスターミナルの地下を通り、東横線の渋谷駅跡地に建てられた渋谷ストリームの前で渋谷川としてその姿を見せる。周辺の広場では週末を中心に野外イベントが開催されて賑わいを見せているが、以前はどぶ川のイメージが強く、今でも川沿いを歩くとその名残を鼻で感じることができる。
ここから渋谷川は明治通りと並行して進み、恵比寿や広尾といった住宅街を抜ける。天現寺橋を過ぎると慶應義塾幼稚舎の裏手を通り、そこから港区に入り古川と名前を変える。

渋谷ストリーム(左のビル)の前で地上に現れる渋谷川。中央奥は渋谷スクランブルスクエア
渋谷ストリームの付近では生き物の気配は見られなかったが、天現寺橋の辺りではカメやカルガモの姿も見られる。慶應義塾幼稚舎の裏手は林になっており、そこからヒヨドリの「ピィィ」という賑やかな声も聞こえる。
そこに、ひときわ大きな鳥がたたずんでいた。サギ科の中でも最も大きいアオサギだ。翼が灰色をしているので、コンクリートの上にいると見逃しそうになってしまう。
太い足を地面に据え、長い首を小さくすぼめてじっと川を見つめている。数分おきに首の角度が微妙に変わることはあるが、その場所から動こうとはしない。

天現寺橋から見た渋谷川(右写真)と、川を見つめるアオサギ(左写真)
住宅街の隙間を縫うような狭い川に、アオサギは一体どこからやってきたのだろうか。
「近くに自然教育園や有栖川宮記念公園のような水辺のある緑地がありますので、そこから渋谷川に立ち寄ったのではないでしょうか」と話すのは、アオサギ博士の白井剛氏だ。白井氏は都留文科大学と和光大学で動物生態学の非常勤講師を務めるかたわら、都内でアオサギの研究や自然観察ガイドも行っている。
「アオサギは春夏には多摩川など大型河川の繁殖地にいますが、ヒナが巣立ちを終えるとその繁殖地を出るので、秋冬は都心でも見ることができます」
水面で大勢のカルガモがせわしなく動いているのに比べて、アオサギは一羽で長時間じっとしている。一体何を考えているのだろうか。
「餌が豊富なエリアでは群れで生息しますが、都心のように餌が少ない場合は単独で過ごしますね。朝は水面で魚などの餌をとっていますが、お昼は休んでいることが多いです」
そのミステリアスな姿は、宮崎駿監督の映画『君たちはどう生きるか』でのアオサギの登場シーンを彷彿とさせる。劇中のアオサギは主人公を異世界へと導くが、現実のアオサギは人間に興味が無いのか動かずにじっとしている。自分の行き先は自分で見つけろとでも言いたげだ。
「都心のバードウォッチングのいい点は、鳥が人馴れしていることですね。郊外では近寄ると飛び立ってしまう鳥でも、都心では近い距離で観察することができます」と白井氏は語る。
都心の移り変わりは激しく、その速さに置いていかれることもあるかもしれない。そんなときは、ちょっと目線を上げてみるといい。渋谷の空には、今日も鳥が飛んでいる。