Netflixで見たい作品が溜まっていたので、一時的に入会しました。映画版の浅草キッドも前から気になっていた作品の一つだったので、今更ながら鑑賞しました。
存命の人物を描いたNetflix作品といえば、ドラマ形式の全裸監督やJimmyが思い浮かびますが、浅草キッドは2時間の映画形式です。また門脇麦やCreepy Nutsをオリキャラとして出演させるなど、企画を成立させるまでの苦労がうかがえます。映画製作への道は険しいのですね。
もしかしたら原作本はちょっと違った内容かも知らないと思い、ちょうど新しい講談社文庫版があったので原作本を読んでみることにしました。もともと落語などの浅草の芸能には興味があったので、いい機会だと思いました。ただ映画を見た後だと深見千三郎の声が大泉洋で再生されましたが…。
原作本を読んでわかったことの一つは、時代背景です。第一章「昭和四十七年夏、浅草フランス座へ入門した」から始まるのですが、当時は学生運動がひと段落した時代で、同世代に対する皮肉が描かれています。また浅草演芸ホールの大看板が三平、談志、円楽、志ん朝の四天王だったそうです。そんな中で筆者はフランス座に入ることになります。ここは特に思想や信念のようなものは描かれておらず、思い出と芸の好みでふらっと行き着いたような展開になっています。
もう一つはネタ作りの紆余曲折です。ここは芸の核になるところだけに、個人的には非常に重要なポイントでした。ただ頭の中の出来事なので、映画のシーンにするには難しいのかもしれません。
人の書いた本を基に感想文を書くだけでもままならない自分からすれば、その本を生み出す、側の方々には敬意を抱かずにはいられません。芸能のネタなどはその最たるものだと思います。このような本を読むことで、そのエネルギー源を少しでも感じることができればと思います。